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足手まといもいい所
思わず噎せるような熱気が充満していた。
低い天井で淡い光を放つ安い蛍光灯の明かりが振動で揺れている。
前後左右から受ける圧力はヒールだったらとても耐えられそうにない。
そして目の前にある、天井の明かりを照り返すてらてらと光った頭頂部から漂ってくる加齢臭が不快指数を二桁ほど上げていた。ひしめき合う頭の群れで窓の外の景色はうかがいようも無い。
七月の朝のJR山手線は通勤に伴う人口密集の上、節電の影響もあって室温が高い。
警視庁刑事部捜査二課三係南雲涼子巡査部長は通勤ラッシュに辟易していた。目の前のオッサンの加齢臭を吸い込まないように息を止めてみるが、いかんせん健康な涼子の肺であっても三分以上酸素を供給しなければたちまち新鮮な空気を求めてもだえはじめる。
だが、供給されるのは汗を浮かばせたオッサンの頭から漂う加齢臭なのだ。
「いやぁ~役得っすぅ~」
傍らで小柄な青年が嬉しそうに言う。
百七十五センチと女性にしては長身の涼子より一回り小さいその青年は、同係に春から配属されてきた篠原優二巡査だった。
「ナニ嬉しそうにしてるのよ」
涼子は形の良い眉を跳ね上げて、アーモンド型の目で優二を睨んだ。
優二は常時脱力したような顔をしているが、今回はそれを更に緩ませて、
「センパイの横チチが丁度いい具合っす」
涼子のこめかみを一気に血液が駆け上がり、プロレスラーのパフォーマンスのように腕を突き上げ、その肘を優二の側頭部に叩きつけた。
「な、何するんすかぁ~。痛いじゃないっすかぁ~」
「上司の胸を触って反省の一つも無しか、お前は!」
涼子は軟弱そうな青年に向かって言った。
この青年がどうして刑事部に配属されたのか、涼子には三ヶ月経った今をもって未だ理解できない。
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