枝垂桜のフィロソフィア

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最初の授業ではまだ教科書を開くことはなくて、この授業がどのように進んでいくのか、というような説明だけだ。 だけどテストの日付やノート提出日までしっかりと予定に組み込むやたらと几帳面な教授で、メモをとるのに夢中になっていると、何やら教室の外から騒がしい足音が響き渡る。 今のところ、人生でこれほど第一印象にインパクトがあった男には出会ったことがない。 教室のドアを力任せに開けて飛び込んできたのは、金髪にピアスの男子生徒。 「すみません!遅刻しました!」 授業初日から思いっきり遅刻してきた彼は教授に呆れられながらも席を探して教室の奥へ進む。 そして僕の隣に鞄を置いて、『ここ空いてる?』と尋ねてくるので頷いて見せた。 汗を拭いながら教科書を取り出すと、携帯電話が大音量でヒップホップを奏で始めた。 慌ててマナーモードに切り替えると、ため息をついて机に突っ伏す。 「ねぇ、今どこやってんの?」 小声で話し掛けてくる金髪さんは、教科書をパラパラと捲って僕を見た。 「えっと、今日は授業説明だから教科書は使わないそうです」 基本的に人見知りな僕は、戸惑いながら目を反らした。 無意識にその目立つ金髪に目が行ってしまい、それが原因で『なに見てんだよ』なんて喧嘩を吹っ掛けられると思うと内心恐ろしかった。 「ふーん、そうなの。あれ、なんで敬語?」 「あ……いや」 あなたが怖いからです。 とは言えなかった。 「もっとフランクに行こうぜ、名前は?」 「愛川……彩月」 「なんか女みたいな名前だな」 コンプレックスをあどけない笑顔でえぐる彼を、僕はムッとしながら睨んでみせた。 だけどそんなことに気づきもしない彼はテンションが上がったのか、もはや小声とも言えない音量で自分を指差す。 「俺、大宮。大宮司」 そう、この男こそ、数々の武勇伝を持つ問題児、千葉出身の大宮である。  
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