置き傘のパラドックス

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「それとも私は動物的に病気なのかな?」 遠く降り注ぐ雨を見つめながら、ため息混じりにそう言う。 「それなら僕も動物的に病気だよ、君の外見にかっこよさを感じて興味を持った」 眠そうな目が静かにこちらを見た後、それが悪戯っぽく笑う。 彼女の紺色の傘が機嫌良さそうにくるくると回る。 「それは確かに病気ね。本来女性が男性に求める魅力を、貴方が感じるなんて」 「そうかもしれない。だからたぶん、『可愛い』って外見じゃないと思うんだ。『綺麗』とか『かっこいい』と違って、『可愛い』は行動や性格を指す言葉なんだと思う」 「『可愛い顔』という表現は?」 「それはつまりあどけない表情、純粋無垢な瞳、といったような部位を含む顔を見た時、『可愛い顔』と表現するんじゃないかな」 僕と彼女の事を語る上でまず理解してもらいたいのは、この会話が僕らの日常会話である、ということだ。 『彼女』と言っても、それは三人称の『彼女』であって、恋人という意味での『彼女』という使い方をするには、もう少し時間が掛かりそうではあるのだが。 普段友人と世間話をするような感覚で、一般論の否定と哲学論争のやり取りが行われ、こんな会話を幾度となく繰り返して来た。 定義し、構築し、否定し、賛成する。 最初に彼女と話した内容は、確か性悪説だった。 「それでも納得できないなら、僕は動物的病気でいい。病気じゃなかったら君を『好き』になれなかったから」 「嬉しいこと言ってくれるのね」 強がってはいたものの、目を反らした彼女は、顔が見られないように口に手をそえていた。  
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