置き傘のパラドックス

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「そんなことより愛川、お前にしては珍しく女の子に興味があるのか?」 啓大が楽しそうにさっきの話題を掘り返し、誰かの椅子を持ってきて僕の机に頬杖をつく。 「僕を同姓愛者みたいに言うな」 「でも、紫陽さんだけはやめといたほうがいいよ」 「なんで?」 一瞬、『紫陽さんは俺と付き合ってるから』と言う台詞を頭の中で想像して再生してしまい、なぜかそれだけで落胆した気持ちが胸の内を支配した。 啓大はちらりと紫陽花凜の姿を伺うと、聞こえないようにするためか耳打ちするように僕に顔を近付けて来る。 「あの娘、どっか変なんだよ。俺、一年の時同じクラスだったんだけどさ、誰が話し掛けても全部無視。同性の友達すらいないんだ」 真っ直ぐ下に伸びた艶やかな黒髪は美しく、窓際に座る姿は絵になるような黄昏の表情を浮かべて外の景色を眺めている。 だけど普段から睨み付けるように特徴的な冷徹な瞳は、目が合えばすぐに反らしてしまうような独特の雰囲気を放っていた。 「百合なんじゃないかって噂もあるし」 羽村がさりげなく付け足してきた言葉は信じがたい話だったけれど、それはあくまで噂話だ。 百合……。つまり女性の同性愛者のことを差す俗語だけど、でも紫陽花凛がそれだとは思えない(思いたくないのかもしれないが)。 「俺なんか声も聞いたことない」 「ついたあだ名がハイドラ」 「ハイドラ?」 「名前に紫陽花って入ってるだろ?紫陽花は英語でハイドランジア、短くしてハイドラ」 ずいぶん無理矢理なネーミングだけど、どこか納得してしまう自分がいた。 ハイドラか……。 確かギリシャ神話に出てくる竜のことだ。  
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