置き傘のパラドックス

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 受験生という忙しいこの時期に彼女の存在を知ってから、いつの間にか目で追うことが多くなった。 だけど席が近いわけでもないし特別な理由があったわけでもない、そもそも女経験のない僕が話し掛けられるはずもなかった。 梅雨の季節にもなればクラスの友人関係はある程度固定されてくる。 教室内でもいくつかのグループで区切られてきた。 そんな中、いつも一人で外界から切り離された紫陽花凛は、休み時間にも読書に耽っているばかり。 周りの生徒も、まるで彼女だけがこの教室の外にいるかのように振る舞っている。 紫陽花凛もまた、別段孤独でいることを嘆いている様子は見られず、むしろそれを望んでいるかのような雰囲気を醸し出していた。 「ごめん、今日はパス」 紫陽花凛を眺めるのを中断し、羽村の声に振り向く。 「えー、今日部活ないんだっけ?」 大人しいけど乗りが良い羽村は、基本的に遊びの誘いは断らない。 「悪いな」 それを唯一見送る時、それは付き合っている後輩の部活が休みの日。 「まあこの雨じゃあ仕方ないか」 啓大が机に座りながら窓の外で降り注ぐ梅雨の雨に鬱陶しそうに顔をしかめた。 一週間の半分は雨続きで、気分が滅入るのも無理はない。 「今日は体育館野球部が使うんだって」 羽村は興味なさそうに呟いたけど、心なしかいつもより嬉しそうに見える。 やっぱり恋人って言うのはそんなものなのだろうか。 正直に言うと、僕は『人を好きになる』という意味がいまいち理解できないのだ。 それはつまり、『結婚したい』とか『キスしたい』とか、そう思えたら『好き』とカテゴライズされるのか。 どこからが基準で『好き』なのか。 友達として『好き』の意味もよくわからない。 付き合いたい、手を繋ぎたい、セックスがしたい、そう思える相手が『好き』なのだとすれば、僕は今まで好きな人ができたことがないことになる。 まだ出会っていなかったが、後に大学で知り合うモモと言う男に、『そんなことばっかり考えてるから恋愛ができないんだ』と言われるのも仕方ない。 僕はいつも物事を感情的に考えることができないのだ。  
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