置き傘のパラドックス

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午後の授業に集中もせず、帰りまでに止んでほしいと雨に祈りながら、髪の毛を指に巻く。 いつもの癖で、何かを考える時には必ず髪の毛で遊んでしまう。 コンプレックスである僕のクセっ毛は、整髪料を駆使しても改善されることはなかった。 去年はそれで、数ヶ月間『フェネック』と言うニックネームで呼ばれていたことは、今となっては良い思い出だ。 名付け親は机に突っ伏して眠っている。 ちなみに第二のコンプレックスである僕の下の名前を呼ぶ唯一の友人は、机の下でケータイをいじっている。 おそらく彼女とメールでもしているのだろう、時折その表情が穏やかなものに変わるのだ。 なぜコンプレックスかと言われたら、理由は一つしかない。 『彩月』なんて、女の子の名前みたいじゃないか。 窓から黒板へと視線を移す。 英語の教師がジャパニーズアクセントで授業をしているが、まるで耳に入ってこない。 そのまま僕の目線の先は移動を続け、やがてそれは紫陽花凛をとらえた。 黒板とノートを交互に見比べながらペンを動かしている。 だけど冷たい眼差しに光はなくて、感情と称するものをまるで感じさせない。 機械的に動くその姿を見て、彼女がハイドラと呼ばれるようになった理由が、なんとなくわかりかけたような気がした。 その頃から、だんだんと彼女のことを考えるようになってきた。 笑ったらどんな顔をするんだろう。 普段は何をしているんだろう。 いつもどんな本を読んでいるんだろう。 彼女のことをもっと知りたい。 そう思うようになってさえいた。 それは他ならぬ好奇心だったが、それでも僕が他人に、それも異性に興味を抱くのは生まれて初めてだった。 僕は昔から、他人が自分の世界に干渉することを酷く拒んでいた。 簡単に言ってしまえば、自己中心的な性格をしているのだ。  
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