3人が本棚に入れています
本棚に追加
ヨシノは、それきり黙りこんだタケルの顔を、見開いた目でジッと見つめた。
その目には涙が浮かんでいて、今にもこぼれそうだった。
ゆっくりと、ヨシノの手が伸びる。
そのままタケルの後頭部を掴むと、自分の胸へ引き寄せた。
何と声をかけたらいいかわからないでいるように、ただ、ギュウと我が子を抱きしめつづけた。
泣きながら、震えながら、抱きしめつづけた。
その夜からだった。
ヨシノは毎晩、夢にうなされた。
寝室を別にしているタケルにもわかるほど、母は叫ぶようにうなされた。
そのほとんどが「カンタ、タケルを連れていかないで」という内容で、その都度ヤマトが揺すり起こす。
毎晩のそれに両親は疲弊し、母はうつ病のように昼も力無く佇むようになった。
「タケルまでいなくなっちゃう。このままじゃカンタが全てを奪っていくの」
出勤前の父に縋り付いて泣く母を見たその日の夕方。
小学校から帰宅したタケルは、庭の桜の木のそばで倒れる母を見つけた。
辺りには大量の睡眠薬が散らばっっていて、母は眠るように目を閉じ、その肌はすっかり冷たくなっていた。
まるで桜の木に抱かれているようだ、とタケルはどこか遠くで思う。
その日、桜は珍しく無言だった。
最初のコメントを投稿しよう!