プロローグ

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ヨシノは、それきり黙りこんだタケルの顔を、見開いた目でジッと見つめた。 その目には涙が浮かんでいて、今にもこぼれそうだった。 ゆっくりと、ヨシノの手が伸びる。 そのままタケルの後頭部を掴むと、自分の胸へ引き寄せた。 何と声をかけたらいいかわからないでいるように、ただ、ギュウと我が子を抱きしめつづけた。 泣きながら、震えながら、抱きしめつづけた。 その夜からだった。 ヨシノは毎晩、夢にうなされた。 寝室を別にしているタケルにもわかるほど、母は叫ぶようにうなされた。 そのほとんどが「カンタ、タケルを連れていかないで」という内容で、その都度ヤマトが揺すり起こす。 毎晩のそれに両親は疲弊し、母はうつ病のように昼も力無く佇むようになった。 「タケルまでいなくなっちゃう。このままじゃカンタが全てを奪っていくの」 出勤前の父に縋り付いて泣く母を見たその日の夕方。 小学校から帰宅したタケルは、庭の桜の木のそばで倒れる母を見つけた。 辺りには大量の睡眠薬が散らばっっていて、母は眠るように目を閉じ、その肌はすっかり冷たくなっていた。 まるで桜の木に抱かれているようだ、とタケルはどこか遠くで思う。 その日、桜は珍しく無言だった。
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