プロローグ

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夏休みも終わりかけの8月下旬。 その日もタケルはいつもの場所へ向かっていた。 違うのは、夏だというのにここ数日で異常に冷え込んだ気温に堪えるために着込んだ、厚手のジャケットである。 「変な天気だな」 桜の木も、この気候に驚いたのか見る見る葉を落としはじめていた。 声をかけても、寒さに震えてでもいるのか返事がない。 それどころか庭中の、いや道中のうるさいほどの動植物の声さえほとんど聞こえてこなかった。 夏だというのに、吐いた息が白く舞って消えていく。 連日のニュースは、このところの異常気象を欠かすことなく取り沙汰していたが、原因をはっきり告げられる番組は一つとしてなかった。 「雪でも降るのかな」 いつも通り根元に座り込み、空を見上げる。 葉が落ちて見える広がった空は、どんよりと曇っていた。 いつもならザワザワとうるさい人間以外の気配が無い。 それだけで、どこか嫌な胸騒ぎが肋骨の中を暴れはじめる。 そわそわと落ち着かず、座ったばかりの腰を上げた。 「今日は帰るよ」 今朝、寒さにストーブを出しながら、「足が痛む」と笑っていた祖母を思い出して踵を返す。 その瞬間ーーー 《ーーダメッ!!》 大きな声が全身を揺らして、目眩が足元をふらつかせる。 思わず桜の木に手をついて、その広がる枝を見上げた。 今の声は間違いなく桜の木で、しかし全身を震わせるほどの感覚は初めてだったことに戸惑う。 答えを求めるように太い幹を見つめた。 《ーー来てしまった。この日が来てしまった。》 今度は囁くようなその声に、間違いなく大きな戸惑いが混ざっている。 「この日?…今日何かあるの?」 《約束の日。私が愛するあなたを守る日》 じわじわと決意を固めるような強い声音に、遠くから恐怖心がにじり寄って来る。 思わず一歩後ずさりしたその時。 ーーードンッ!!! 足元を波打たせる程の衝撃が襲い、タケルは慌てて木にしがみついついた。 地震? そう認識する刹那、目の前が暗闇に包まれた。 体中何かに覆われ、肌を刺す冷気が消えていく。 闇に追われるようにあっという間に小さくなる光の中の景色が、縦にガタガタと揺れていた。 じわりと、暖かい水分が服に染みていく感覚と同時に光が消えて、意識がずっと上の方へと遠退いた。 《私に出来ることはこれだけだけど、…どうか生き抜いて…》 《タケル》 遠く、手放した意識の向こうで 誰かがそう呟いた。
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