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『タケル』
ー……カンタ?
呼ばれた気がして、その声の持ち主を記憶から探し出す。
眠っていたのか、重たい脳をなんとか動かして、それが懐かしい人のものであることを思い出した。
ーどこにいるの?
そっと瞼を開くと、暗闇の中にカンタの声だけが凛々と響く。
『俺はあの日、湖に溶けて地球の一部になれたんだ』
子供のころ、夢を語るようにその場所に思いを馳せていたカンタ。
彼の懐かしい声に、ああここは夢の中なのだと理解する。
途端何故だかとても穏やかな気持ちになって、タケルは笑みを含めて言葉を返す。
ー望んでた場所にはいけた?
『時間がかかったけどね、この星と生き続けて、やっとたどり着けたよ…とても長かった』
ーそう、ずっと行きたがってたもんね
『見てごらんタケル、俺が求めてたものはこんな場所なんだ』
目の前の暗闇に音もなく亀裂が走る。
どうやら向こうから光が差し込んでいるようで、その光が夢の中のはずの瞳に激痛を走らせた。
思わず瞼を閉じる。
竦めた肩に体のバランスが崩れると同時に、バリバリと暗闇の中の亀裂を広げた。
光のシワが視界いっぱいに広がって、ついに目の前の黒い壁が崩れた。
吸い込まれるように、暗闇から体が放り出される。
途端、全身を大量の光が覆った。
体は少しだけ宙を落ちて、すぐに柔らかい土のような感触にぶつかった。
突き落とされたような鈍い痛みに堪えながら、思わず身構える。
両目はあまりの眩しさに開けずにいて、何故かしづらい呼吸に肺が痛い。
喘ぐような呼吸と同じリズムで、肩が大きく揺れた。
耳を済ませば静かな空気と風にゆれる植物、小鳥の鳴き声が聞こえる。
突然襲った衝撃に疑問が後から次々追い掛けて来るけれど、ゆっくりと光に慣れはじめた視界はさらに驚くほどの光景をそこに納めた。
見渡す限りの緑。
丘の下には立派な木々の緑の上を何十羽もの鳥が飛び交い、開けた野原には見たことも無いような数の動物が広く青々した湖で水を飲んでいる。
風が吹けば花々の香りがして、空は見たことも無いほど濃い藍色で澄んでいた。
あふれる程の自然とはまさにこのことだ。
頬を流れる涙が、目に走った激痛の余韻なのか、この光景に震える胸のせいなのかはわからず、ただぼんやりと目の前のそれを見つめていた。
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