プロローグ

17/17
前へ
/65ページ
次へ
しばらく壮観な景色を眺めてふと、自分の体を撫でる薄桃色の糸のようなものに気づく。 意志は無いようで、風になびきながらも それに乗ってどこかへ飛んでいくことはなかった。 タケルはそっと、力の入らない両手でそれを掴む。 柔らかいがハリのある糸だ。 根元をたぐりよせるように巻き取ってみると、頭皮がピンと引っ張られた。 「………髪?」 別の束を引っ張ってみるが、同じ様に頭皮につながっていた。 いつ髪を染めたんだ…こんなに伸ばした覚えも無い。 そう思って髪を握っていた両手を解くと、桃色の髪が青白い手の平からハラリと落ちた。 青白いというよりは、肌がうっすらと緑色に透き通っている。 「そういえばなんで…」 着込んでいたはずの服はなく、気を失う前より痩せた体は裸だった。 凍えるようだった気候も、春のように暖かい。 「ここは…どこ?」 改めて、目の前の景色が知らないものだと認識して、タケルは慌てて立ち上がった。 知っている人を探したい、誰かに教えてほしいという思いからの行動だったが、両足が思い通りに動かず、そのまま180度回転した状態で尻餅をついた。 目の前には枯木。 大きな大きな大木は、もう寿命を終えたように所々を朽ちらせている。 正面の幹には大きな穴も空いていて、人一人が入れるほどだった。 「………桜の、木?」 それは随分大きくはなっていたけれど、随分朽ちて崩れていたけれど。 見覚えのあるシルエットは、自分が一番好きな桜の木と同じだった。 「…ここは、…どこだっ!」 知るものは一つも無いこの景色の中、タケルの声が虚しく響く。 唯一知っていたはずの木は腐り、疲れて眠ったように返事は返してくれなかった。 「誰かっ……!」 妄想にも似たありえない予想が、現実にもっとも近いように思えて タケルは再び流れる涙を止められずにいた。
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加