3人が本棚に入れています
本棚に追加
小さな頃に通っていた駄菓子屋は、数年前からシャッターを閉めたきり開かれることはなかった。
その奥のパン屋は今も小規模ながら良い香りを漂わせていて、よくここのメロンパンを買ってもらっていたなと思い出す。
幼い頃、走り回っていた街中は、多少変われどはっきりと面影を残していた。
「ただいま」
小さな声とともに、目の前の土地に顔を上げる。
開けた土地にはロープが張られていて、『売地』の看板が下げられていた。
そこは数年前まで、タケルの家があった場所だった。
何の手入れもされていないのか、冬までは赤茶けた土地が広がっていたのに、今は膝ほどまでに雑草がぼうぼうと生えている。
敷地の端に立つ桜の木以外、ここだけがくりぬかれたかの様にぽっかり面影を消していた。
ロープをくぐり、雑草を踏み分ける。
そのたびにバッタが驚くように飛び跳ねては、葉を揺らした。
そんなに広くはない土地だ。
大またで歩けば、ほどなくして大きな桜の木が目の前に立ちはだかった。
風が吹いて足元の雑草がざわめく。
頭上の桜の葉も擦れ合って、何十にも重なるそれらの向こうからキラキラと木漏れ日が揺れた。
おかえり。
そう言われた気がして、タケルは小さく微笑んだ。
最初のコメントを投稿しよう!