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「タケル」
4歳の誕生日を迎える少し前、カンタは病室に1人残るタケルに声をかけた。
両親は、兄のそばにいると駄々をこねるタケルに、『部屋から出ないこと』と約束させてから、主治医の話しを聞くために医師の元へ向かっていた。
「カンタ?…なに?」
久しぶりに聞く兄の声は随分と掠れていて、近づかなければ聞き逃すほどだった。
「みずうみ…いこう」
力無い兄の笑みに、首を傾げる。
湖、といわれて思い出せるのは、先日カンタの息抜きにと両親とともに4人で行った、病院の裏の小さな森の中のものだけだ。
「でも、パパもママもまだ帰ってきてないよ?」
「二人で、いこう…ナイショばなし、するんだ」
ナイショばなし。
そう言われて、タケルの中の好奇心が疼いた。
両親とは『部屋から出ない』と約束をした。
けれど無二の兄弟であるカンタが、普段喋らない声を上げてまで二人でナイショばなしをしたいという。
短く悩んでから、タケルはちらりと車椅子を見た。
「あれ、ぼくでも押せる?」
「ああ、…きっとね」
にこりと笑うカンタ。
震える腕で何とか上体を起こすと、タイミング悪く女の看護士が扉を開けた。
「あら、カンタくん。起き上がるなんて珍しいわ」
「かんごし、さん」
掠れていても届いたらしい声に、彼女は驚いた。
入院してからこちら、カンタの声など聞いたことがなかったのだ。
頭の良いカンタは、今日は気分が良いこと、タケルが暇を持て余していること、庭なら人がたくさんいるから、そこなら両親がいなくても大丈夫だし、部屋の窓からもすぐわかること、3歳とは思えない饒舌ぶりで看護士を納得させた。
カンタの声を初めて聞いた喜びや彼の頭の良さを感じたことも手伝って、看護士は疑いも少ないまま小さな体を車椅子に乗せてやった。
そしてタケルではまだ危ないので1階までは、と丁寧に運んでくれたのだった。
「タケル、…行こう」
院内に戻っていく看護士を見送って、カンタが車輪を回す。
タケルも一生懸命押しながら、森を目指した。
何故なのか、誰ひとり彼らに気づき、止めるものはいない。
小さな森に隠されるように、双子は音もなく庭から姿を消したのだった。
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