プロローグ

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「タケル、……ごめんな」 湖は耳が痛くなるほど静かだった。 子供の足で十数分足らずで辿り着けるほど小さなはずなのに、どこか深い深い森のように薄暗く、風が低く唸っている。 怯えるように兄に擦り寄っているタケルの頭を、カンタがポンポンと撫でる。 「兄ちゃん、お前を…守ってやれない」 掠れた声とともに、悲しそうな瞳が伏せられる。 見上げたタケルの頭が斜めに向いた。 「カンタが元気になるまでは、タケルがカンタを守るんだよ」 「それは兄貴の役目なの」 「カンタはビョウニンだからアニキはお休みちゅうなんだよ」 「休んでないよ、死ぬまでお前の兄貴だよ」 先に生まれたときから。 そこまで言って、頭を撫でる手を止める。 風が木々を揺らして葉音を掻き鳴らした。 「タケル、お前は…これからもごはん、食べられるな?」 「………うん。食べないとパパ達がかなしいから」 「強いな」 「カンタのほーがつよい」 ぼくお腹すくもん。 タケルが落ち込むように唇を尖らせた。 「俺もお腹すくよ」 「それでも食べないの?」 うん。 返事をする変わりに頷いて、撫でていた手を腹部に当てた。 「お腹すくのもいやだ。食べたいって言ってるのと一緒だ。この体も嫌だ。ママと俺が食べたもので出来てる。人間は必要以上に奪いすぎる…人間はいやだ。人間ではいたくないんだ…もう…」 ぎゅう、と腹部の布を握りしめる手が震える。 その上にぽたり、と涙がこぼれた。 「タケル、俺達はほかの人達とは違うけど、特別なんかじゃないんだ。」 「そうなの?」 頷いて空を見上げる。 病室にいた頃より、少し日が傾いていた。 「先に戻りな。ママ達が心配してるかも」 「カンタは?」 「俺は………もう行くよ」 行く。 その言葉に、タケルは顔をくしゃくしゃにして、グッと泣くのを堪えた。 「ごめんな、タケル」 ポンポンと、優しく撫でる腕が震えていた。
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