バスジャック

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 黒づくめは黙った。  表情が読めれば良いんだが、サングラスにマスクを付けられていてはそれも叶わない。 「……妙な真似はすんじゃねぇぞ。早くしろ」  数分前と同じ言葉を、けれどもかなり柔らかい口調で言った黒づくめ。  さっきまでの自分を、少しは省みたらしい。  その結果として、人質が「動けなかった」事に気付いたのか。  無事に了解を得た俺は、静かに立ち上がる。  揺れる車内なので、バランスを崩してしまうかも知れない。  それを「妙な真似」と思われるのだけは、避けたい所。  一歩一歩を確かめる様にしながら、動けないでいる同級生の傍へ。  顔を覗き込む。 「大丈夫? 俺が肩貸せば、歩けるかな?」  俺は立っていて、同級生は座っている。  必然的に俺の視線は斜め上からのものであり、俺の抱いた感想は「睫毛なげぇ」。  黒髪ロングの清楚な雰囲気を醸し出す、所謂「大和撫子」と言って差し支えない容姿をしている。  そんな同級生が、うっすら涙を浮かべて、すがる様な視線を俺に向けてくるのだ。 「は……、はい。……お願い、します」  俺が差し伸べた手を、線が細く雪の様に白い手が掴む。  強く握れば折れてしまいそう、なんて表現はきっと正しい。  多分、今俺が乱暴にすればこの子は心折れるだろう。  いや、そりゃ腕は折れないさ。  そんなアホな事を考えつつ、同級生を立ち上がらせて、その子の左手を俺の肩に回す。  黒づくめを一瞥。  睨み返された。  大人しく、後部座席に戻るとしようか。  さて、今の状況はこうだ。  高校の始業式を迎えんと胸を膨らませて通学バスへと乗り込んだ、一般的な善良市民たる俺。  しかし、何の悪戯か。  突然のバスジャックに遭遇、巻き込まれてしまった。  俺は持ち前の正義感で犯人である黒づくめから大和撫子を救ったが、そこから手詰まり。  今度こそ全力で大人しくし続けようと、新たに決意を固めた所だ。
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