第一章一節

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春のコスメはこれっ♪ 大通りのテレビで放映されている、コスメのCMに、先日の綺麗な少女が映ってて 俚乃は同僚と昼食を終えての帰り道、交差点を渡りきってその足を止めた。 『あなたに…逢いたいの』 その言葉を…投げ掛ける相手は 「えっ!?クマっ!」 素っ頓狂に上げた声に、隣で歩幅を併せていた同僚が驚いたように俚乃を見やった 「え?」 「あっ!ごめっ…なんでもないの」 ゆっくり歩き出して、何事も無かったように装えただろうかと思いながらも 俚乃は先程見た少女のCMを思い返した。 口紅を塗った少女が、妖艶な大人に変身を遂げた。 その大人の彼女が、事もあろうかあの日渡した俚乃のクマに 逢いたいと告げて終わるCMだった。 コスメのCMで、そこに使われたクマは、自分が押し付けたもの…。 それを起用して、彼女はどうしたいのか? その言葉に意味はあるのか…なんて深く考えても、結論など出るわけではない。 「俚乃さぁん~?おお~い!?戻っておいで~」 思考の海に沈んでる俚乃を呼び戻すべく目の前で同僚がパタパタと手を振っているのに気が付いて、 俚乃が慌てて謝る。 「ごめんね~、瀬良さん。」 謝ったものの気には成る。 あのCMでもし勘違いしたあの男が、あのモデルにちょっかいをかけたら… そんな事を考えてる最中も、横で瀬良奈津子の話は続く。 彼女は同期入社で結構話が合ったり気が合ったりするので 良くランチに出たり、時にはあまり深くない悩み相談などをしている相手。 2歳年上の彼女はキャリアーウーマン風に見えるのだが、案外おしゃべりが好きな普通の人だった。 小柄の身体で、栗色に染まった髪を綺麗に纏めてちょっと角の強い眼鏡をかけているのは 出来る人間に見せるため…と言う謎の思考の持ち主。 あっと言う間に、辿り着いた机に、ポーチをしまいこみ、午後の仕事の始まりを待つ。
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