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彼女は助けを求めていた。もしや痴漢や変質者に追われているとでも……いや、それにしては何か……言葉で言い表すとすれば“度が過ぎている”ように思える。
その声はもはや断末魔に等しく、走りにくいものだったのか靴さえも脱ぎ捨てて狂人じみた相貌でひたすら走る。
道中でコンビニエンストアの建物の前にまで辿り着くと、彼女はそこへ一直線に向かい閉じられた自動ドアのガラスを強く叩く、中に誰かいないかを期待しての事だろう。
だが店内からは決して誰も彼女の助けに応じる者は現れない、何故ならそこには誰もいないから、客ばかりか店員すらもいないのだ。
挙句の果てに自動ドアすらも開かない有様、女性はこのコンビニに助けを求める事を即座に諦めてまた走り出す。
やがて女性はビルとビルの間にある細道に入った。先まで走っていた大通りといえるような大きな道から小さな道へ。
そのように彼女がその小道に逃れて暫く、大通りより新たな影が現れた。
それは確かに動いている。二足で歩いている事が分かる。となるとやはりこの場にいるのは女性だけでは……いや、それは果たして人か?
新たに現れた黒い影、それは人というにはあまりに大き過ぎた。
僅かな光から窺えるその影の大きさ、身長は目測で優に三メートルに達する。
更にその影から聞こえるくぐもった声――これはまさか獣の唸り声なのか、人の声帯でこのような声を出せるはずがない。
それとは別にぽたぽたと、その影が立つアスファルトの地面の上にて何かが落ちてくる音が聞こえる。
見ると粘性が高い液体らしきものがその地面に斑点を生み出すように落ちていた。影がその場に佇んでいる間に更にその斑点は増えていく。
これは唾液……か。
影は口より獣のような唸り声をあげるだけにあらずこれだけの唾液を絶えなく流す。その大きさといいもはや人とは言い難い。
やがて影は先の女性が入り込んだ細道に向けて歩き出す。最初の二、三歩は不気味な足音をたててゆっくりと大通りの道を踏みしめていたが、こで突如として膝を曲げて……。
大跳躍。
尋常ならざる脚力でアスファルトを踏みしめ、常軌を逸した高さまで跳んだ影は一瞬にして細道の左わきにあるビルの屋上にまで着地する。
たった一回のジャンプで影は十数階建てであろうビルの屋上にまで着地したのだ。更に着地したその途端また跳躍――今度は真上にではなく前方に。
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