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「……ヒト……リヒト、もう、起きなきゃだめだよ」
鈴を転がすような可憐な声。同時に、控えめに身体を揺すられる感覚に促され意識が浮上する。
「ラズ……頼む、もう少しだけ、……少しでいいから、寝かせてくれ」
情けなく、掠れた声で懇願する。
「だめだよ、リヒトはいつも寝坊するじゃない」
しかし、口調に微かな笑いの色を感じ取り、バツが悪くなる。そして、
「分かったよ……」
諦め、了承の旨を伝える。ベッドに上半身を起こし、重たい目蓋を擦りながら、ふわりと欠伸を一つする。次いで身体を伸ばすと、背骨がポキポキと心地のよい音をたてた。
全体的に簡素な部屋の中は、開け放たれた窓から差し込む、朝特有の柔らかな光に照らされている。
ふわりとした優しい風に、頬を撫でられる。空気が動き、微かに野花の匂いがする。
窓から入り込んできた風に、ひらりとカーテンが舞う。俺は、未だに頭の中に居座る眠気に思考を支配されたまま、ぼんやりと揺れるカーテンを眺めた。
俺、リヒト・クロマティは孤児だ。
物心ついたときには既に荒野で生活していた、と言うわけではない。過去に起こった出来事のせいで、家族を失ったのだ。
忌まわしい事限りない出来事は、今から六年前に起こった。
いつもと変わらぬうららかな日差しに包まれたある日、俺の住んでいた村は山賊に襲撃され、跡形もなく破壊しつくされてしまった。平和な、美しい村だった。
今でも覚えている。村共同で使っていた古ぼけた井戸。近隣のパン屋から漂ってくる芳しい煙。流石は田舎という事もあり、講義の内容はお遊びのようなものだが、それ以上に大切な事を数え切れぬほどに習った学習所。そして、毎日柔らかな笑顔で俺に愛情を注いでくれた両親―――――
その全てを、奴らは――山賊は破壊し尽くしたのだ。
突如として現れた脅威に、俺はなす術もなく家族を、村を、平穏を、幸せを奪われ、踏みにじられ、蹂躙された。
そして、当然、幸せを奪われてしまったのは俺だけではなかった。
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