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第二話『瞬間移動』
僕が喫茶店の店長をしていた頃、店の連中と稲毛の『うらながや』という居酒屋で痛飲したことがあった。若かった僕はいくらでも酒が飲め、意識が朦朧となるくらい酔っ払っては、従業員以外立ち入り禁止のバックヤードに勝手に入り込んだり、看板にぶら下がっている杉玉を壊したり、うんこ漏らしたりして、多大な迷惑と被害をかけてしまったのだが、その翌日の朝、出勤途中の雑踏の中『うらながや』の店長とばったり出くわしてしまった。人でごった返す歩道の片側はデパートのビルになっており、僕は壁面に沿って歩いていたのだが、店長も反対方向から壁面に沿って僕を正面に見据えながら歩いて来たので、このままでは鉢合わせするのは必至と思われた。片側はデパートの壁で、もう片側は人であふれ返り、避けるスペースはまったくなかったので、意を決して昨夜のことを謝ろうとしたら、不意に店長の体が頭一つぶん浮き上がったかと思うと、正面にあった体をデパートの壁側に30センチほどずらし、まっすぐ前を見詰めたまま、僕を完全に無視して脇をすり抜けて行った。よく見ると高さ50センチ、幅30センチほどの縁石のような出っ張りがビルの壁に沿って設けられており、店長はその上にビョンと飛び乗ってスタスタと歩み去ったのであった。ちなみに『うらながや』はつぶれてしまい、今はもう無い。
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