Lilac

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今日も誰かが死んだ。 青く澄んだ海と美しい青の広がる空しか見えないいつもの窓辺。 そこに不釣り合いな、それでいてどこか穏やかな白い煙がゆっくり、ゆっくり登っていく。 あの煙は同じ施設の中の誰かなのだろう。きっと。 だが、身の回りの世話をする職員以外に面識はない。 感慨など何一つ浮かばない。 俺の部屋は整然としている。 ベッドが一つ。 小さなクローゼットが一つ。 ギターが一本。 部屋には小さなテラスがあって、そこには小さな椅子とイーゼル。 書きかけの風景画。 この窓から見える海を一体何度描いてきたのだろう。 いつもいつも、同じアングル。同じ色彩。 自分はこの狭い空間にだけ存在している。 外の世界はしばらく見ていない。 それどころかこの建物の中さえよくわからない。 いつもいつも、このこぎれいな部屋の中で、ゆっくり時間は流れていく。
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