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その日は朝から身体がだるかった。
ここにきてからそんな日はたびたびあった。
ベッドから出ずに一日を過ごすことになりそうだ。
まあ、いつもと変わらない。
暇つぶしの落書きや、ギターいじりができなくなるだけだ。
ひんやりとした感触で目が覚めた。
いつの間にか眠りに落ちていたようだ。
薄く眼を開けると、女が額に濡らしたタオルを乗せていた。
防護服の職員ではなく、女は20歳を超えていそうだが、どことなく幼そうな雰囲気のある童顔だった。
光の加減か、見間違いか、女の瞳は薄紫に輝いていた。
「ごめんなさい、起しちゃいましたか」
彼女はそう言って優しく微笑んだ。
「カイバラ サイコです。今日から担当になります。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げたサイコの瞳は、やはり薄紫色だった。
なんと返したらいいのか分からず、ただじっとサイコの目を見つめていた。
サイコはおかしそうににっこり笑うと、
「珍しいでしょ?私の目、生まれつき紫色なんです。この目のおかげかわからないんですけど、私いくつかの病原に対する免疫を持っているみたいで、ここの看護師で唯一保護服を着なくても大丈夫な人間なんですよ。すごいでしょ?」
いたずらっぽく笑うサイコの口元からかすかに八重歯がのぞく。
トクン…トクン…
不意に聞こえた鼓動の音が自分のものであることに気付くのに時間がかかった。
速まった鼓動はきっと病気のせいなのだろうが…
「早く熱が下がるといいですね」
サイコの優しい声音と、額のタオルを抑えるかすかな手の重み。
途端に眠気が襲ってきたような気がして、俺は静かに目を閉じた。
この感じをなんと表現すればよいのだろうか…?
浮かんだかすかな疑問は、突然あらわれた妙な温かさの中に静かに沈んでいった。
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