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引っ越ししない理由は、なかった。 なのに今まだここにいるのは、自分への甘えに他ならない。 たまに鉢合わせするこの時間が、たまらなく愛しいからだ。 ……とはいえ、気まずい。 詩絵は何ともないだろうけど、俺が勝手にそう感じている。 会話もそこそこに顔を背けて、俺はヘルメットを手に取る。 「行ってくるわ」 「あ、待って!」 そのまま被ろうとした手を止め、俺は振り向いた。 ……なんだよ。 今日の詩絵は珍しく髪を結んでいた。 こんなことでもアホみたいに胸が疼いてしまう俺。 苦しくて密かに下唇を噛む。 そんな俺に向かって、屈託のない笑顔を向ける詩絵。 「ねえ樹、大学まで送ってってくれない? それで」 「はあ? またかよ。いっつもやだって言ってんだろ」 「えー、でもどうせ通り道じゃん。お願い!」 手をパチンと合わせて頭を下げる、詩絵。自分勝手だ。 お前を後ろに乗せるとドキドキして事故りそうになるのに。 何も分かってねえな、ホントに。
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