1話

4/5
前へ
/59ページ
次へ
  「なぁ翠川」 私がまたプリントへと視線を戻そうとしたら、先生が私の苗字を呼んだ。 呼ばないで欲しい面倒臭い……と思ったが、これを言ったら流石に怒られるだろうと思い止めた。 ただ何だか嫌な予感がしたため、私は返事をしないで先生の方へと視線を向けるだけにした。 「今日の空も、綺麗だよな」 「……そうですね」 「こんな綺麗な空を、描いてみたいと思わないか?」 ……嫌な予感が的中した。やはり私の予想通りだ。 というか、これが先生が私の所へ来た理由であり目的である。 先生が顧問を勤める、美術部への勧誘。 「お前なら、綺麗に描けるよ」 「……無理です」 「無理じゃない。お前が中学の時に描いた絵を見たことがあるって言ってるだろ?」 「いつの話をしてるんですか。勘弁してください」 私が中学二年生の時に描いて優秀賞をもらった絵を、県立の美術館に飾られているときたまたま見て、先生はその絵に惚れてしまったらしい。 だけど、絵は描かないし美術部にも入らないと頑なに私は拒否している為、先生は何度も当たっては砕けるということを繰り返している。 どうやら先生は、何としても私に絵を描かせたいらしい。 ……絵を描くということを辞めた私には、正直迷惑な話である。 私はもう、絵は描かないとあの日決めたのだから。  
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加