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しかし、娘の視線は道脇のひとつの出店に向けられていて、
「あ、あれおいしそうですよ。ちょっと、買ってきますね」
「え? あっ……」
走りにくそうな着物を着ているにも関わらず、ぱたぱたと小走りで駆けて行ってしまった。
戻ってきた娘は両手にひとつずつ、包み紙に挟んだ菓子を持っていた。ぱりっと香ばしく揚げたパンに、たっぷりと甘い蜜を掛けた菓子だ。
「はい、どうぞ」
そのひとつを少年に手渡すと、娘はうまそうに菓子にかぶりついた。その表情が幸せそうに崩れるのを横目に見ながら、少年も菓子を口に運ぶ。香ばしいパンと、蜜の甘さが見事に調和して口の中に広がった。
「私はありますよ。神様に祈ってた時期が」
菓子を頬張りながら、娘が唐突に言った。
少年は一瞬ぽかんとしてしまった。菓子を食べようとした口を開いたままで固まってしまった少年に、娘は可笑しそうに笑った。
「私、孤児だったんです」
あっけらかんとした口調で娘は続ける。
「ずっと一人が寂しくて、毎日神様に祈ってました。私をちゃんと見てくれる人が欲しい、って。お父さんと出会ったときのことは、今でも鮮明に覚えてます。それこそ、お父さんが神様みたいに見えました」
神様に人は救えないと言った自分。そして、神様に祈って救われたと言う彼女。それでも、少年は神様を信じたいとは思えなかった。何故なら彼女を救ったのは神様ではなく……
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