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夕目暗れ。
コツリコツリと踵を鳴らしながら、僕は廊下を歩いていた。
もう夜は近くて、誰も居なくなってしまった学校の中を、ただ、離れがたくて。
胸の中は寂しさと、じんわりと滲むように曖昧になっていく哀しさ、それだけ――。
僕はその教室の扉を開ける。
もうずっと開かれる事なく錆付いた引き戸は、その開放を拒むように、ギィ――と悲鳴のような音を立てる。
扉を開けた先の世界は、夕暮れに赤く染まり、やはりとても寂しそうで哀しそうで。
思わず泣いてしまいそうになった。
僕はここで、大事なものを全て失くしてしまったから。
気鬱を少しでも和らげようと、扉から真っ直ぐに歩き夕陽の差し込む窓を開ける。
瞬間、閉鎖されていた空間にふわりと新鮮な風が吹く。 さわりと。
――ああ、灰が降る。
窓から入り込んだ風に乗って、教室の中を灰が舞った。
不規則な動作で舞う灰を目で追いかけて教室全体に目をやるけれど、やっぱりそこ
には誰も居なくて。教室の中には、埃を被った教卓と、生徒達が使っていた筈の机
と椅子、空っぽになったロッカー。それだけしかなくて。
それらはただただ、諦めのような夕焼けの赤に映し出されて染まり上がり、その中をゆらゆらと、灰色の欠片が舞い落ちる。
死者達の、遺灰が。
寂しくて仕方がないのに、僕はやはり、その赤を見つめるだけで何も出来ないだけだった。
――もうここには何もない。
――もう居場所はない。
――さよなら。
声は無い。それなのに、この空間そのものがそう言っているような気がした。
そして改めて気付かされるのだ。
自分が独りぼっちになってしまったのだという事を――。
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