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永禄二年一月。
猿夜叉は十五歳で元服し、名を新九郎賢政と称した。
賢は六角義賢の賢であり、賢政には名字状が与えられた。
人が人に名を与えられることを、偏諱を賜ると言う。それを認めた文書が名字状だ。
これは名を与えられた者が、将来名を与えた者の重臣となる約束を示す。
領土や城を与えられるより偏諱を賜ることの方が名誉であるが、それは主従の関係にある場合の話。
浅井氏は六角氏に敗れた直後で、賢政は浅井氏の嫡男。
行く行くは浅井氏当主となる賢政に名字状を与えたと言うことは、浅井氏は六角氏の家臣になったと形として明らかにしたと言うことになる。
未だ、辛うじてではあるが独立国としてその姿を保つ浅井一族にとっては、屈辱的な措置だった。
更には、賢政の妻には、六角義賢の重臣、平井定武の娘が娶せられた。
浅井氏は六角氏の重臣の扱いではあるが、同盟国ではない。
それがはっきりと示された出来事だった。
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