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ただいまと、言いたかった。
けれど、口はそうは動かない。
彼女は、自分が討たれたら泣いてくれるだろう。
では、信長が討たれたら?
……やはり、泣くだろう。
「市」
市の涙を拭いながら、長政はその名を呼んだ。
市の潤んだ漆黒の瞳と、長政の瞳がかち合う。
ただいまと、言いたかった。
けれど。
「織田へ、帰れ」
市の瞳が涙ごと凍り付いて、長政を射抜く。
「織田へ帰れと、わたしは言ったのだ」
もう一度、幼子に言い聞かせるようにゆっくりと。
長政は繰り返す。
織田へ帰れと。
もう、傍に居てくれるなと。
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