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「何も、あのような物言いをされずとも」
柱の影から姿を現した八重は、責める色を含んだ瞳を、長政に向けた。
八重にとって市は、妹のようなものだ。
市はその美しさをちっとも鼻にかけないし、正室として家内を取り仕切ろうと努めながら、市より先に長政に嫁した八重を蔑ろにすることもなく、八重が産んだ男子万福丸に辛くあたることもない。
八重が市を嫌う理由は何処にもない。
尤も、と八重は嘆息した。
浅井家中、特に奥に至っての市の評判はあまり良くない。
というのも、彼女があっさりと長政の正室におさまり、女児とはいえ既に二人も子を産んだことが原因だった。
要はやっかみだ。
平井家の姫を深く想うあまり継室を迎えず、何事にも冷めていて、浅井家のためだけに生きる長政の心を射落とした市への、下らない嫉妬。
長政は市を娶って、良くも悪くも変わった。
前よりずっと優しい顔をするようになって、人間らしくなった。
奥の侍女の中には、それが気に入らない者もいるのだ。
平井家の姫以外には向けられる筈の無かった長政の想いを向けられつつある市を羨ましく想い、疎ましく思っている。
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