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その夜の平井は、何処となく沈んで見えた。 何時も微笑を絶やさぬ顔が、心なしか暗い。 平井へ向けられた悪意は、朧気にではあるが、賢政も肌で感じる時がある。 何と言葉を掛けるべきか迷い、賢政は平井の肩に手を伸ばした。刹那、平井の華奢な肩が震えた。拍子に、平井の袖から、二、三本ばかりの針が転がり落ちる。 平井の顔が青褪めた。 慌てて針を拾おうとする平井の指は哀れなほど震えて、ただ虚しく針の横の藺ばかりを掻く。 賢政が口を開くより早く、平井の青い唇が動いた。 「魔が、魔が差しました。 ほんの一本、貴男様に刺さればと愚かな女の狂れにございます。 どうか、どうかお許しを」 ざりざりと耳障りな音を立てながら藺を掻く平井の白い指先を、細く鋭い針の先が破った。
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