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長政は、苛々と爪を噛んだ。
きりきりと嫌な音がしたけれど、それより苛立ちが勝った。
織田軍は疲弊している。自分たちは山の上に陣を布いている。延暦寺もこちらに着いてくれた。
それなのに。
「何故朝倉は動かない!」
吐き捨てた長政に、阿閉甲斐守は伏し目がちに進言した。
「朝倉は、……疾く越前に帰りたいと……
元はと言えば信長を諌めずに旗を翻した浅井が悪いのに、何故我らが巻き込まれなければならぬのかと申しておるようで……」
「何だと……?」
長政の瞳が、スゥッと凍った。
びりびりとした痛いほどの殺気が辺りに落ちる。
「あの老いぼれ、我が浅井に責があると抜かすか……!」
静かな、けれどするどい怒りに、魑魅までもがおののいたように、風もないのに梢が鳴った。
長政が怒りのままに握りこんだ拳は、爪が掌を食い破って、紅血がじんわりと滲む。
その紅より尚深い紅に、長政の視界が塗り潰された。それは、瞋恚の色だった。
義景の勝手な言い分によりも、自分の浅はかさに腹が立った。
織田との同盟を組むときに、浅井に無断で朝倉を攻めることをしないよう約束させたのは、単に、浅井家中に朝倉氏を重んじる風潮があったからだ。
朝倉氏との義理を重んじたのも、家中が割れることを憂いてのことだった。
今や朝倉氏は後ろ盾ではなく、助けてやる義理もなかったというのに。
判っていながら長政は、家中が割れることを恐れ朝倉に味方した。
手間を惜しんだ。
いっそ、信長との間に君臣の礼を明らかにしてしまえば良かった。
臣が父を大将に祭り上げてまで朝倉に味方するというのであれば、いっそ、父を殺してしまえば良かったのだ。
不釣合いな同盟と、見せ掛けだけの義理とが、今となって浅井を苦しめている。
それは誰の所為でもない、長政の所為だった。
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