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噛み締めた奥歯が、きりきりと音を立てた。
冷たく凍てついた風が吹いて、身体の芯までじんと冷える。
「殿、どうか、御自分の判断が間違いだったなどとは、思い召されるな。
我らは殿の下命であるがゆえに、身命を賭すことができるのです」
こうべを垂れた甲斐守が、小刻みに震えながらも、そう言ってくれた。
声まで震えているのはきっと、寒いからだけではない。泣くことを堪えるためなのだろう。
長政の怒りが、一息にひいた。
同時に、黒い後悔が、胸の中にぐるぐると渦を巻いた。
「阿閉……」
甲斐守の子息たる五郎右衛門尉は姉川で討死している。
それをろくろく弔う暇もなかったというのに、甲斐守は長政に従ってくれた。
ああ、と、長政は目を伏せた。
信長を討つ好機と、長政は兵を挙げた。
今討たねば、信長は再び力を付けると思ったから。
それが間違いだったとは、思わない。
それは「将としては」、きっと、正しかった。
けれど。
「すまない……」
人心を慮れないという点でなら、自分も信長と互角なのかも知れない。
息子を喪って少し小さくなってしまったような甲斐守に、長政はそんなことをぼんやりと考えた。
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