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八月には、信長は越前との国境に近い余呉、木之本近辺に放火して回った。
織田軍はそのまま南下し、比叡山延暦寺を焼き討ちする。
根本堂以下は焼き払われ、僧俗男女問わず、四千人もの人々が焼き殺された。
御仏をも畏れぬ、蛮行とも取れる信長の行動に、織田と敵対する諸家や民衆は怒り、また震え上がった。
特に、浅井氏と朝倉氏は、明日は我が身であるから、全く他人事ではない。
さらに、市など信長の妹などという触れ込みだから、何処へ向けていいかわからない浅井方の不安と怒りは、一斉に市へと向かう。
中には、市が長政との間に授かった長姫、茶々姫は、実は信長との不義の子ではないか、などというはしたない噂を立てる輩まで出はじめた。
併し、この噂に怒り心頭に発したのは、市ではなく八重だった。
「なんという恥知らず共なのでしょう。
自らの感情も御せぬばかりか、殿をも貶めるような噂をして」
静かに、けれど烈しい怒気をあらわにする八重に、噂の的にされている市本人は、くすくすと笑みを漏らした。
「良いではありませんか。
噂一つで鬱憤が晴らせるのなら」
「良い訳がないでしょう!
こんなみっともない、おぞましい噂、いったい何処のばかが言い出したのかしら」
自らの二の腕を掴んでさする八重は、心の底から嫌悪しているようだった。
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