志賀の陣

19/21
前へ
/142ページ
次へ
八月には、信長は越前との国境に近い余呉、木之本近辺に放火して回った。 織田軍はそのまま南下し、比叡山延暦寺を焼き討ちする。 根本堂以下は焼き払われ、僧俗男女問わず、四千人もの人々が焼き殺された。 御仏をも畏れぬ、蛮行とも取れる信長の行動に、織田と敵対する諸家や民衆は怒り、また震え上がった。 特に、浅井氏と朝倉氏は、明日は我が身であるから、全く他人事ではない。 さらに、市など信長の妹などという触れ込みだから、何処へ向けていいかわからない浅井方の不安と怒りは、一斉に市へと向かう。 中には、市が長政との間に授かった長姫、茶々姫は、実は信長との不義の子ではないか、などというはしたない噂を立てる輩まで出はじめた。 併し、この噂に怒り心頭に発したのは、市ではなく八重だった。 「なんという恥知らず共なのでしょう。 自らの感情も御せぬばかりか、殿をも貶めるような噂をして」 静かに、けれど烈しい怒気をあらわにする八重に、噂の的にされている市本人は、くすくすと笑みを漏らした。 「良いではありませんか。 噂一つで鬱憤が晴らせるのなら」 「良い訳がないでしょう! こんなみっともない、おぞましい噂、いったい何処のばかが言い出したのかしら」 自らの二の腕を掴んでさする八重は、心の底から嫌悪しているようだった。
/142ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加