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市は困ったように笑って、八重の手を優しく叩く。
「あの子は、私と長政様の子です。
真実など、知っている方が知っていて下されば、私はそれで良いのです」
しなやかでいて芯の強い市の言葉に、八重が涙ぐむ。
「北の方様、ご立派になって……!」
知っている者さえ知っていればそれでいいときっぱりと言い切った市は、実に頼り甲斐がある。
以前の、触れれば消えてしまいそうな、儚くおどおどとした市も美しかったけれど、今はいっそうに気高く見える。
「きっと、今が正念場です。
八重様、私に、妻としての家内の取り仕切り方、どうか教えてくださいませ」
「ええ、勿論ですわ。
殿が安心して励めるように、わたくし達も出来ることを致しましょうね」
両の手を握り合ったふたりは、やがて、どちらからともなく、笑い出した。
鎌刃城を落とし損ねた浅井軍は、五千もの兵を喪った。
もはや、背水などでは済まない。
既に片足を水中に突っ込んだ状態だ。
この状況下で、長政が存分に奮えるよう。
……鮮やかな死花を咲かせられるよう、奥向きだけでも、彼女達は抑えたかった。
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