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天文二十一年、猿夜叉が八歳の七月、事は動いた。 後方の憂いを絶った義賢は、いよいよ浅井氏との戦いに本腰を入れる。戦いは翌年に持ち越され、天文二十二年十一月上旬、両軍は激突した。 地頭山合戦である。 結果は、浅井久政の大敗だった。 「くそっ、わたしも──!」 口惜しそうに顔を歪めた猿夜叉は取るものも取り敢えず立ち上がった。その肩を抱くように、慌てて乳母は引き留める。 「お待ちください。 若さま、差し出たことと承知で申し上げます。まだ元服も済ませていないあなたさまがご出陣なされば、それこそ浅井家末代までの恥となりましょう」 猿夜叉はその言葉に、解っていると返した。静かな声音だったが、その顔には、はっきりと焦燥の色が見て取れた。 「解っている。 併し、あのひとは、父上は、きっと六角家に降るだろう。 それでは何も変わらぬ。 嘗て、祖父が、亮政さまが、懸命に戦い、漸く京極高清の専横から逃れられたと言うのに、それを僅か一代限りで水泡に帰すと言うのは、あまりにも口惜しい。 わたしは、それを阻止したい」 例え愚かだと詰られてもと加えた猿夜叉の顔に、乳母ははっと息を呑んだ。
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