壱拾章:微動

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「なんやばれてしまったんですか」 「ふむ。つまらん」 「つまらなくないですよ!!」 夜本番まで息を潜めている祇園界隈の旅籠で、『柏木』の監視を続けている齋藤と山崎が畳に寝転んでいた。 流石に、一ヶ月近くの張り込みは肉体、精神共に負担がかかっているようで、文句を言う男には目もくれず、軽くあしらうだけとなっている。 「氷雨太夫が楓だったって何で教えてくれなかったんですか?!」 疲弊する二人の前ににじり寄り、耳元で畳をバンバン叩くのは、今朝方風呂を満喫してきた沖田であった。 「いや、だって暇やったから」 「どんな反応するかと思って」 「…」 絶対に発せられないであろうと思っていた二人の言葉に沖田は絶句する。 「何変な遊びしてるんですか。も~…」 威嚇するフグの様にぶっと頬を膨らませる沖田を見て、齋藤は上体を起こし、彼の頭に手を乗せた。 「悪かった」 齋藤は、すぐに頭から手をどけ、一言詫びる。それを見ていた山崎も起き上がって軽く頭を下げた。 他の親しい隊士たちに比べ、遥かに素直で礼儀正しい齋藤と山崎の姿に、沖田は思わず自分も頭を下げる。 「べ…別にいいんですよ!! あはは!そんな真剣に謝られると逆に罪悪感感じちゃいます!!」 いつもの笑顔に戻った沖田に齋藤はふっと口元だけで笑ったが、すぐに真顔に戻ってしまった。 「沖田組長。これを」 齋藤の表情が合図になっていたかのように、山崎が沖田に二つ折りになった一枚の半紙を手渡した。 沖田は受け取った半紙の裏と表を確認し、素早く広げる。 「土方副長からの伝令です」 一通り半紙に書いてある内容を沖田が読み終わったのを確認し、差出人の名を伝える山崎。 ――六月四日早朝、四条河原町      枡屋に御用改め。   枡屋喜右衛門を捕縛。   出動隊、一番隊 八番隊       以上
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