1

3/20
前へ
/20ページ
次へ
目を閉じると、まだ幼く小さな子犬だったころを思い出す。 どうして僕がこの町に来たのか。 実はよく覚えていない。 母親や兄弟たちと車に乗せてもらったことは覚えているのに、気付いたら独りぼっちで見知らぬ道を駆けていた。 「ワンワン、ワンワン」 好奇心旺盛で、見るもの全てが真新しく感じた。 寂しさや不安はまだない。 新鮮な景色に気を取られて、このあと自分がどうなるのか分かっていなかった。 緑豊かな街の一角を風を切って走る。 そんな時、曲がった道の先に黒いランドセルが見えた。 体が小さいのか異様にランドセルが大きく見えて、それ自体が歩いているのかと思った。 人見知りをしない僕は、すぐにその背中に追いついた。 「ワンッ」 (君、誰?) 愛想よく声をかけたつもりだったのに、彼はひどく驚いて飛びのいた。 「うわああああ!……び、びっくりした」 「ワンワン」 (遊ぼ、遊ぼ!) ひとりで走り続けるのに飽き始めていて、仲間を見つけたと思った。 めいっぱいに尻尾を振って喜びを表現する。 すると彼は泣きそうな顔で笑った。 当時はどうしてそんな顔をするのか分からなかった。 ただ胸の奥がツンとして僕まで泣きそうになった。 「首輪がついてる。どこかに飼い主いるのかな」 彼は辺りを見回す。 しかし周囲には誰もいなかった。 当然だ。 僕ははぐれて迷子になってしまったのだから。 「よしよし」 「はぁ、はぁ、はぁ」 小さな手が僕の頭を撫でる。 ぎこちないのはきっと犬に接したことがないのだろう。 その手の感触が気持ちよくて目を細める。 だが次の瞬間には僕の鼻が良い匂いを嗅ぎあてていた。 (おなかすいた) 本能のままに生きる犬はこの匂いに敏感である。 せっかく彼と遊ぼうとしていたのに、興味は次に移っていた。 よく見ると、さらに奥の道には良い匂いの元を持っているお姉さんがいる。 「ワンワンッ」 僕は彼のもとを飛び出して、お姉さんに向かい駆け出した。 その後ろ姿を彼がどんな気持ちで見送っていたのか、今考えると、胸が潰れそうになる。 だが人と違い理性も利かない。 まだ子犬だったのだからなおさらだ。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

73人が本棚に入れています
本棚に追加