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――カナカナカナ……
ヒグラシの声が朝靄に混じる。
俺はただ、替えたばかりのい草のにおいに包まれて、その白い布をじっと見下ろしていた。
じいちゃんが死んだ。
それは七月の暑い風がじっとりと潮を含む季節。農家の家らしく、だだっ広い平屋の家には、俺の両親、父さんの兄、妹の真綾(マアヤ)がじいちゃんの寝ている布団を取り囲むようにして集合していた。
「やっと、父さんも母さんに会えるな」
今年で六十になる伯父さんが、藤色のハンカチで目元を抑えながらぽつりと呟く。俺のばあちゃんは、三年前がんで亡くなっている。気丈なひとで、抗がん剤治療による延命より安らかな自然死を選んだ。じいちゃんも、「ばあちゃんらしいや」と寂しそうに笑っていたのをよく覚えている。
「喪主は、お義兄さんにしますよね。私、村の人達に知らせて来ないと……」
「ああ……頼んだよ」
母さんがさっと涙を拭って、立ち上がる。こういう時に女の人が強いというのは本当らしい。父さんは魂が抜けたように座り込んで、ただ真っ白な布をかぶせられたじいちゃんを見つめていた。俺のように。
「おにいちゃぁん……おじいちゃん、どうしたの……?」
今年で六つになる、妹のマーヤがポニーテールを揺らしながら俺の服の袖を引っ張ってくる。年の離れたこの妹は、なるほど父さんと母さんにとことん可愛がられて、見事なまでの甘えん坊に成長していた。
俺はマーヤの頭にぽんと手を乗せると、努めて明るい声で答えてやった。
「じいちゃんはな、海のお魚になったんだよ。たくさん、たくさんのお魚になって、海を泳いでいるんだ。だから、ずっと寝ているんだよ」
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