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これはかつて、じいちゃんに言われた言葉。マーヤは小首をかしげながら、くりくりとした二重の目でじいちゃんを見やった。
「おさかな……? なら、おじいちゃんさみしくない?」
「ああ。寂しくないよ。海には、たくさん友達がいるからね」
「そっかぁ。マーヤも、おさかなになりたい」
部屋の端に置いてある、小さな魚型ポシェットを小走りで取りに行ったマーヤは、俺に向かってかそう言った。俺は複雑な心境のまま、立ち上がってその小さな妹をポシェットごと抱き上げる。
「いつか、みんなお魚になるんだ。だから、マーヤは今出来ることを一生懸命しないとな」
「いっしょー、けんめぇ?」
六つになる妹は、昔に比べてずいぶんずっしりと重くなった。それでもまだまだ軽いと思うのは、マーヤを小さい時から見ているからだろうか。俺は少しだけ笑いながら、腕の中の妹に言った。
「いっぱい頑張るってこと」
「――うん! マーヤがんばる!」
とびきりの笑顔を見せたマーヤは、廊下に出ると俺の手の中からぴょんと飛び出し、母さんを追いかけて廊下を走って行ってしまった。その小さな背を見送りながら、俺は庭に出る。
父さんを、二人きりにしてやりたかった。いくら三年前に喧嘩別れしたとはいえ、実の親子だもんな。
俺は三年前まで育ったこの村を、庭越しに眺めていた。変わらない景色。のどかな田園風景、その先に広がる大海原。
太陽が昇りながら、きらきらと水面を輝かせている。俺が嫌いだったこの村で、唯一好きな光景が今まさに目の前に広がっていた。それは俺の胸に確かな郷愁を呼び起こさせ、生まれ育った町へ帰って来たのだという実感を沸かせた。
「お魚、か……」
じいちゃんは本当に、寂しくなくなったのだろうか。
いつも快活で明るかったじいちゃんが、ふとした時に見せた儚げな背中を、俺は気のせいと割り切ることが出来なかった。
もう、あんな風に背中を丸めて、何十分もじぃっと海を見つめる背中を見ることが出来ないのだと思うと――堪えていたものがにわかに溢れ出し、止めどなく、俺の頬を濡らしていった。
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