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着いた場所は、キッチン。年寄りの料理は危険が多いということで最新式のIHを、という話があったのだが、じいちゃんが頑なに“火”にこだわって変えるのを嫌がった。俺もあのIHは火加減が難しくて、嫌いだ。
シオンは訝しげに、初めて入るキッチンをきょろきょろ見ていた。俺はシオンの肩をぽん、と叩くと、
「じゃ、料理は任せた」
「はぁ!? なんでそうなるわけ!?」
“黙っていれば美人”と俺の幼なじみに言わしめたるシオンは、これ以上無いほど眉根をぐっと寄せて目を見開いた。もともとぱっちりとした二重のシオンが目を見開くと、とても迫力がある。
「これから通夜だろ。村中の人がくるんだから、母さんだけに料理やらせんのは酷だろうが」
当たり前のごとく返答すると、シオンは口をへの字に曲げて黙りこくった。沈黙は同意と見なし、俺はキッチンを後に出て行こうとする。
「ちょっと! カイト、どこ行くのよ!」
「遺品整理」
ひらひらと手を振って健闘を祈ると、これ以上何かシオンに言われる前にキッチンから脱出した。
普段はこうるさいシオンも、こういう時は気が紛れていい。一人でいると、色々なことを思い出してしまうから。
俺は早足で廊下を駆け抜け、玄関脇の小さな鍵ケースの中から、茶色く錆びたばかでかい鍵を一本手に取る。たたきに脱ぎ散らかしていたサンダルをもう一度履くと、今度は庭の反対側へと歩いて行った。
玉砂利が敷かれた純日本家屋の風情溢れる小道を行くと、白い壁が立派な瓦屋根の大きな蔵に辿り着く。
ごてごてとした、無骨で単純な南京錠に鍵をさし込むと、錆びている割に何の抵抗も無くかちりと音を立てて鍵が開いた。
――この蔵には大事なものが閉まってあるから、入っちゃいかんぞ。
じいちゃんが俺達によく言っていたことを思い出す。けれど当時小学生の好奇心盛んだった俺らはよくその言いつけを破り、おもしろ半分に入ってはじいちゃんに叱られるということを繰り返していた。じいちゃんが構ってくれるのが、単純に嬉しかったのかもしれない。
――ギ……ギギギ……ギィィ……
海からの潮風に錆びた蝶番が耳障りな奇声を上げる。もうずいぶん開けていないのだろう、僅かに開いた扉の隙間から、カビと埃の混じった鼻にツンとくる匂いが嗅覚を刺激した。
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