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俺は慌ててその箱をもと会った場所へ戻し、狭い蔵の中をすり抜けて外に出る。見れば日はすっかり上がり、あんなにもやもやと白い帯を流していた霧は晴れていた。
「ごめん、ここ! 蔵に行ってた」
小走りに玄関へ入ると、もうすでに村の何人かが廊下を歩いているのが見えた。
俺の姿を認めると、皆涙ぐみながらお悔やみを述べてくる。大きくなったわね、とか、目元がユウトさんそっくりね、なんて村の人々から言われて、俺はなんとなく居心地の悪い思いをした。蔵なんかに行っていて、遊んでいると思われてやしないだろうか。
しかしそんなものは杞憂だったらしい。母さんに連れられて、村の人達はじいちゃんが眠る部屋に行ってしまった。その後も次から次へと人がやってきては、じいちゃんの枕元で涙を流して行く。
母さんに言いつけられるがまま、弔問に来た人を案内したり、お茶を出したり、火葬場の手配をしたりして、あっという間に昼を迎えていく。シオンが用意してくれた昼飯を皆で頬張りながら、葬儀の忙しさにすっかり箱のことを忘れてしまっていた。
煩雑な葬式の手続きを忙しくしている間は、余計なことを考えなくて済む。昔の人もそう思って、天国へ旅立つ人に色々してあげていたのだろうか。
いつの間にか来た葬儀屋の人が、じいちゃんを清めて死に装束を着せていた。広い仏間に白と黒の垂れ幕が張られ、濃い紫色の座布団が所狭しと並ぶ。真っ白な菊の花をこれでもかと棺桶の中に詰められて、その中で眠るじいちゃんはまるで花畑の中で寝ているようだった。
「よう、カイト」
懐かしい声がして、俺は制服姿のままお茶を用意していた手を止めた。
外はすっかり日が暮れて、朝と同じヒグラシの声がする。暗がりに溶けてしまいそうなほどよく日焼けした肌、白い歯。黒い詰め襟の学生服がよく似合っている、つんつんと短い髪の毛を立てた、あいつは――
「ジョージ……か?」
「おう。親父、つれて来たぜ」
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