道営

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「OK、30パーセントは秋ちゃんに譲渡する。 共同馬主として。 それでエエな?勘助ちゃん。」 「はい。ありがとうございます。」 ―――無無無理ですって!と囁いてきた秋華は、とりあえず無視した。 「ほら、サイン。」 万年筆を無理矢理握らせ、床に紙を置く勘助。 「ほら、ここに。」 「う…………。 し、知りませんよぅ………」 渋々………というか、ほとんど嫌々といった感じに筆を紙に滑らす秋華。 今はじめて気づいたが、相当に綺麗な字だった。 「………よし。」 これでトシローの馬主権は秋華のものに。 筆記体で『Akina Saito』と書かれたその契約用紙を、古川に手渡す勘助。 その時、『四十嵐厩舎』という文言が少し目に入って、ふと勘助はあることを思い出した。 「トシローの入厩はいつですか?」 ―――入厩。 そう、この牧場をトシローが去ってゆくその時である。 競走馬になるために。 場の空気は一気に重たくなった。 「………12月の頭や。」 心底いいづらそうに古川。 「先方にトシローの写真を見せたら、すぐにでもと言うてきた。 他には任せん、自分で乗って調教する言うて。 まあ、元騎手やから。」 ―――あいつも、と付け足した古川。 苦笑いした柴名に、少し目配せする。 「12月………。」 秋華が呟く。 言うまでもないが、彼女はトシローのことが大好きなのだ。 姉弟が別れるときのような感覚なのだろうかと勘助は勝手に想像する。 かくいう勘助も、内心かなり寂しいのだが。 そんな思いが、顔に出ただろうか。 ならばその顔は、情けないものだったに違いない。 「………経験すべき別れや、 坊っちゃん、嬢ちゃん。」 布団に寝転んだままの芝山は言葉少なに、かつ戒めるかのようにそう呟いた。 「これから………何百と別れを経験せなあかんやろう………馬だけに限らんと、人間も………… けど………その度に気に病んでたら……人間つぶれてまうからな。 慣れえよ、坊っちゃんも、嬢ちゃんも。」 「「……………。」」 二人ともが何も言えなくなった。 まさにその通り。 こんなところで気に揉んでいては、前に進めないのだ。
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