山本勘助

5/36
前へ
/976ページ
次へ
牧場を出発した車は、空を染め上げる朝焼けのなかを疾走する。 山本牧場沿いに延びるこの道に沿った一帯は全て牧場で、 あっちを見れば牧場、こっちを見れば馬、延々と放牧地で、緑色の風景が続いている。 相変わらずというか、兼続はFMラジオをききながら黙々と運転を続ける。 「………」 言うまでもなく、というべきか、 兼続は無口である。 「………」 ―――ダメだ、この空気に耐えられない。 ――いつものことであるのに、今日は何故かそんなことを思った。 「・・・あのさぁ、親父」 「なんだ?」 相変わらず兼続は前を見据えたまま。 「いや、どっか連れてってくれるのは嬉しいんだけどさ、せめて行き先くらい教えてくんない?」 「競馬場だと言ったはずだ」 ぶっきらぼうに兼続。 「だからさ、何処の競馬場だよ?ばんえい?札幌?旭川?まさか函館とか・・・」 「いいから黙ってついてこい。ついでに旭川はもうやってない」 少し怒ったように兼続が言う。 彼は旭川が大好きだった。 「・・・まあ、いいけどさ」 迫力に蹴落とされ、何も言えなくなった勘助は、弱々しくそう答えを返す。 ――――親父との旅はいつもこんな感じだ。 そう勘助は思う。 とはいえ、兼続と出掛けること自体が三年ぶりではあるのだが。 会話は三分と持たない。お互いに目を会わそうとしない。 そんな風だから彼は、兼続との旅にはあまりいい思い出がない。
/976ページ

最初のコメントを投稿しよう!

653人が本棚に入れています
本棚に追加