雨の季節に

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人々が不安と期待に天を見上げる中、吹き荒れる強風は雲を呼び寄せ、見る間に月が隠れて行き深い宵闇の帳が降りる。 ――リベルレイツよ、お前の愛した此の国の為、俺は全てを捧げ尽力すると誓おう。どうか共に、祈ってくれ……。 ジルラッドが胸中で亡き盟友へと語り掛けた、その刹那――。 天を見上げるその頬に、国中が待ち望んだ最初の一雫が落ちる。 ぽつぽつと降り出した雨は次第に勢いを増し、此の場に集った民衆の間から安堵と喜びに満ち溢れた歓声が沸き起こった。 「凄い……本当に降ってきたわ」 慌てて駆け付けて来る侍女に促され、雨避けに設置された天蓋の下へ入ると、リュゼローザは呆然と呟く。 従兄は祭壇に佇んだ儘、雨に打たれるに任せているらしい様子が天蓋の下に焚かれた篝火で微かに見て取れた。 ――ジル兄様……泣いていらっしゃるの? 幼い王女が見詰める先で、ジルラッドは微動だにせず降り頻る雨を見据えていたが、その眼差しには友への深い感謝と共に、強い決意が宿っていた。 降る雨に、城内が歓喜に包まれる最中(サナカ)――。 唯一人だけ、血の気も失せた真っ青な顔で震えている者が居た。儀式の始まる前から太い庭木に登り、じっと身を潜めていた弓兵のマルクである。 ――何て事だ……将軍殿が、雨を降らせてしまった……もう少し早く降ってくれたなら……。 彼が野心家の公爵より命じられた事――。 それは、万が一にもジルラッドが雨を降らせた場合に、彼を暗殺しろと言う忌まわしくも恐ろしいものだった。 逆らえば彼自身は勿論の事、故郷である村にも制裁を下すと脅されている。己の命も惜しいが、家族や友人達の事を思えば尚の事、彼は此の理不尽な命に従わざるを得なかった。 僅かに燃え残る篝火を頼りに、震えの収まらない手で構えた弓に番えた矢を、祭壇に佇んだ儘のジルラッドへと向ける。 それと同じ時、不意に宵闇の中から現れたずぶ濡れ黒猫が、緋色の眼を光らせながらリュゼローザの視界を横切り、祭壇の上へと駆けて行った。 「あっ!駄目よ、ジル兄様の邪魔をしては!」 「姫様!御待ち下さいませ!」 侍女の制止を振り切り、幼い王女は雨に濡れながらも黒猫を追って祭壇へと駆け上がる。 激しい雨音が他の雑音を掻き消す中――歯を食い縛り、手の震えを抑えつつ狙いを定める事に集中していた弓兵は、その事に気付かない。 ――将軍殿……貴方に恨みは無いが……どうか御許しをっ!!
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