雨の季節に

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やっと彼女が気紛れな魔猫から解放された時には、とある国で異変が起こり始めていた――。 大陸の片隅――水や緑の資源も乏しい荒れ果てた土地に領土を持つその小国は、それ故に周辺の大国から狙われる事も無く、人々は慎ましくも穏やかな日々を過ごしていた。 土壌は豊かでは無いが、雨季に纏まって降る雨を国中の至る処に設けられた――地表を掘り下げ漆喰で塗り固めた――人工の貯水池に蓄える事で、荒れた土地にも適した作物の恵みを得られている。 然し、その雨季が今年はなかなか訪れてくれない。 折悪く、つい半月前には年若い王が急な病から早世していた。厳粛なる葬儀を経て未だ空位と為った儘の王の座を巡り、宮廷内では絶えず不穏な空気が流れている。 「リベルレイツに子は無く、リュゼローザも未だ幼い!継承位順は下と言えども、私こそが奴の後を継ぐべきなのだ!」 昼下がりの宮廷内。王亡き後に幾度も重ねられた議会の後で、彼は執務室に戻るなり信頼の置ける従者を相手に怒りを爆発させていた。 激昂に燃える碧眼の上に王家の紋章を象る銀細工の額飾りを着け、腰にはその証である見事な装飾の長剣を提げた若き将軍は、亡くなった王と同じ歳の従兄弟であり、彼の盟友でもあった。 「それを愚昧な家臣共めが、私が前王を殺したなどと陰で囁きおって!! 奴等は皆、幼い姫を利用しようと企んでいるに過ぎん!水不足も懸念されると言う時に、王が不在の儘など――」 少年の頃より彼に使えて来た従者は、主の怒りを黙って聴いていたのだが、ふと、部屋の扉を僅かに開けて立ち聞きをしているらしい小さな人影に気付く。普段は人の気配に敏感な主も、怒りのあまり気付いていない。 主が背を向けた隙に、心優しい従者が密かに手振りで合図を送ると、彼女は足音を忍ばせて自室へと戻って行った。 煩い侍女達が居ないのを確認し、腕に抱いていた黒猫を瀟洒な造りの調度品が並ぶ室内に放す。 その猫は兄であった前王が亡くなる直前から宮廷内に姿を見せる様に為ったのだが、不思議と彼女に良く懐いて来た。 「私も、ジル兄様の言う事は正しいと思うのよ。ジル兄様がリベル兄様を殺したなんて嘘ですもの。それに私、こんな国の女王になんて為りたくない」 従兄のジルラッドは深い愛国心を持ち合わせているが、彼女の中には欠片も無い。 「私は母様の国に行くんだから」
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