雨の季節に

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晴れ間に在る小国には本来ならば今頃、大量の雨が降っている筈だった。 ――此の儘では、あの国は飢饉に見舞われそうだな。後で大樹の丘に行ってみるか。さて、そろそろ染まったかな? 彼が綱伝いに引き返して行くと、糸は全て月明かりに染まっていた。その煌やかな黄色を再び束ねて肩に掛けると、恋人の喜ぶ顔を思い浮かべつつ、クロフェルドは上機嫌で古城へ戻ろうとする。 だがその時――気紛れなる天の翼が一際、激しい風を吹かせて彼の渡る綱を大きく揺らした。慌てて均衡を保ち、綱を掴む事で墜落の事態は免れたが、肩に掛けた糸の一束が風に流され、飛んで行ってしまう。 「しまった!!」 急ぎ伸ばした手は虚しく空を掴み、糸束は強風に翻弄されながら、日照りの続く件(クダン)の小国へと落ちて行った。 ――参ったな。少し減ってしまったぞ。天の翼め、余計な真似をしてくれる。此で当面は足りるだろうが……。 雨の続く此の季節、虹を織る為の糸は幾ら有っても足りない。また新たな白糸を染める為、彼は大急ぎでメリュケイアの許へと戻って行った。 一方、風に流された糸は、雲の無い空から地上へと羽根の様に漂いながら降下し、王都を囲う石造りの頑強な城壁の上へと落ちた。其処に偶然にも居合わせた警邏中の弓兵が、空から舞い降りた不思議な糸束を拾い上げる。 「雨の代わりに、糸が降って来るとは……何処から飛んで来たんだ?」 怪訝な表情を浮かべつつ、城壁の外へ捨ててしまおうとする。 然し、篝火の灯りに晒してよく見れば、空に輝く月の様に眩い黄色の細い糸は、しなやかな張りが有り丈夫そうだった。弓兵は大分、傷んで来ている自身の弓の弦と、手にした糸とを見比べる。 ――縒り合せれば、丈夫な弓弦に為りそうだ。此も天からの御恵みかもしれん。 そう思い直し、腰に提げた皮袋の中に糸を仕舞い込む。其処へ丁度、同じく警邏中の同僚がやって来た。 「聞いたか?明後日の晩に、雨乞いの祈りで新たな王を決めるとか言う話だ」 「ああ、占術師殿の占いで、雨を降らせた御方こそが次の王だと出たってやつだろう?」 何時迄も王座を空位とした儘、進展の無い議会を繰り返すばかりでは埒が明かぬと憂えた大臣が、国の高名な占術師に相談した処、その様な結果が齎されたのだと言う。 継承位は下ながら、亡き王の剣とも呼ばれていた若き将軍のジルラッドと、まだ幼い王女のリュゼローザ。
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