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気紛れな猫の考える事など、彼が知る由も無いのだが、今回は少しばかり事情が違う気がして止まない。争わせるならば何時もの様に、人間達の理性を狂わせてしまえば良いのだ。
――或いは、飢饉に因る内乱でも起こさせたいのか……あんな小国でか?駄目だ、さっぱり解らん。
「クロフェルド、其処に居られると邪魔なんだけど」
「おっと、水を掛けないでくれよ。糸が染まる迄の間、水汲みを手伝ってやるから」
そう言って綱から飛び降りるなり井戸へと走る彼を見て、ヴァルティカは少しだけ機嫌を直した。滑車の技師は何処ぞの酒神とは違い、働き者である事を彼女も知っている。
疑念を抱きつつも、クロフェルドが水汲みに精を出すのと同じ頃――。
大樹の丘から遠く離れた小国の城内では、夜の祈りの儀式を前に重苦しい沈黙が流れていた。
その沈黙から逃れる様に、早々に執務を片付けたジルラッドが庭園の片隅に建つ東屋で休憩していると、其処にリュゼローザもやって来る。二人は其処で久々に語り合った。
「……占いでそう出たのであれば、致し方無い。既に国中に知れ渡っている事だろうしな。どの様な結果に為ろうと、俺は天の意志に従おう」
幼い従妹に対し、ジルラッドが苦々し気に呟くと、リュゼローザは無邪気に微笑んでみせた。
「天はきっと、ジル兄様を御選び下さるわ。私は此の国が嫌いなんですもの」
他の誰にも聴かれぬ様、密やかに囁かれたその言葉に、ジルラッドは寂し気な微笑で応える。
「……だと良いがな」
短く告げると、従妹の艶やかな黒髪を撫でてやる。彼女の兄が王位に就く以前に彼に打ち明けた或る事実を、此の姫は知らない筈だった。
――にも関わらず、お前も此の国を嫌うのだな……あの御方の様に。
亡き王とリュゼローザの母であった、長く美しい黒髪の王妃を思い出し、彼は沈鬱な面持ちと為る。
従妹を産んだ直後、精神を病みつつあった王妃は城の塔より身を投げて亡くなったのだが、その原因と為った理由迄はジルラッドも知らなかった。多くの家臣がそうだろう。
――リュゼローザ、お前は本当は……。
従兄弟はそれを打ち明けてくれた時、妹には黙っていて欲しいと懇願して来た。
その折に交わした約束を破るつもりは無いが、彼は複雑な思いでテーブルに肘を突くと、両手を組んで口許に押し当てる。
隣に座るリュゼローザの腕の中には、何時から飼い始めたものか黒い猫が抱かれている。
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