ナイフ

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ナイフ

雨の降るある日の昼下がり。 薄暗い部屋にゆっくりと静寂が流れていた。 「僕もこのラム肉のようにナイフで切り刻まれ暗い闇に飲み下されたら存在を消すことが出来るのだろうか」 カチャカチャと音を立てながら唐突に君は言った。 あまりにも突然だったので口に入れ噛み砕いた肉を飲み込むのを忘れた。 外は静かに空が泣き、地味なカーテンの隙間から僅かな光が差し込んでいた。 光に照らされた彼の顔は馬鹿みたいに真面目だった。 「僕はこの世界に疲れたんだよ。」 何も言えない私に彼はこう続けた。 「僕が死んだら君は泣いてくれるかい?」 体の中で小さくトクンと脈打った。 「この世界から消えたい。けど、誰の心にも残らず、僕の存在全てが“無かったこと”になるのは嫌なんだ。だから君の心の隅っこで僕は静かに生きていたい。」 ―静寂。聞こえるのは雨音とカチャカチャ食器がぶつかる音。 私は黙っていた。 彼の左手にあるフォークも、テーブルに転がっている栓抜きも、人の中に隠れている鋭利な心も全て嫌いだ。 右手に握るナイフが憎かった。 彼にそんなことを言わせるナイフは大嫌いだ。 静かに小さな雫が頬を伝うのが分かった。 時は静かに流れていた。
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