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「あの……お名前はジュウべエ様で宜しいでしょうか?」
「そうだ」
トロロ村に向け出発した二人であったが、女の方は命の恩人で剣の達人(最も人を斬ったのは先程が初めてであるが)の事を知りたいのか並走しながらオドオドと質問をする。
そしてジュウべエ、今まで師であるキドウマルと暮らし師に対する礼儀は心得ているが、こんなひ弱な男(女)を敬う必要はないと素っ気なくなってしまっている。
ただ目上の者以外に対する態度の取り方を知らないだけだが、終始仏頂面のジュウべエの機嫌を損ねたかと女は更に狼狽える。
「わ、私は『ミーシャ』っていいます。こんななりでも服を売って暮らす商人なんです」
「ほう」
この世界で女の地位は総じて男より低く、女の商人であれば足元みられて儲けが出ないということも十分ありえる。
それでも何とか自立できているこの女……おっと、ミーシャは不機嫌に感じたジュウべエに話し掛けられる程度には肝が据わっているようだった。
しかし、その物珍しさで気を引こうとしたのかもしれないが、ジュウべエは商人云々以前に金の存在を知らない。
そんな男にその凄さが分かる筈もなく、生返事を返すだけに終わった。
「……あ、あの!もしかしてジュウべエさんは浪人ですか?」
それでもこの女めげずにジュウべエに話し掛ける。
それにちゃっかりと呼び名を様からさんに変えて距離感を縮めようとしているようである。
しかしジュウべエそんな事にはやはり気が付かず、代わりに首を小さく傾げた。
「浪人とは何だ?」
「えっ……あの、えっと、ジュウべエさんみたいに強い人は国に仕官するのが普通ですから」
(仕官……仕えるということか)
いきなり返事が返ってきたことに驚いたミーシャはしどろもどろ。
再び無言になってしまったジュウべエを見て「失敗した」と気落ちしてしまっていた。
(俺が師以外に仕える事などあるのだろうか?)
そんな心配御無用ジュウべエこういう男である。
別に無視した訳ではなく「自分が仕えるには師と同程度の才気を見せねば俺は他人に仕えぬ」と思案していただけである。
密かに「俺様は高いぜ」宣言をしたジュウべエであった。
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