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「いてッ!痛てててッ!」
ジュウべエが捕らえたその影は地面に足が着いているのであれば大凡腰の辺りに頭の先が来るのであろうかという小振りな普通の子供であった。
長い金髪を後ろ手に縛り、前髪の隙間から覗く瞳は丸く涙が浮かんでいる。
そして今なお自分の全体重を支え、ジュウべエにきつく握り締められた細い右腕は今にも折れてしまいそうであった。
(刃物の類は……無し)
実はジュウベエ、今まで野生の動物達に幾度と背後を襲われ、師に刺客の対応策なども教授されていたのだ。
そして不穏な影を掴み上げ一転二転と手首を捻って回して見るが、身体の何処にも得物が見当たらない。
それもそのはずこの子供、呉服店の前で立ち往生しているジュウベエの懐から金品を盗もうとしていただけである。
わざわざ刃物を持つ必要も無し、普段通りに熟してしまおうかと思えば一瞬の内に拘束される。
その子供からすれば失敗したことのない自分が懐に手を忍ばせる前に捕まるなど目が飛び出んばかりにびっくり仰天の事であった。
「……何の用だ?」
「痛ぇ!放せ!放せこの野郎!」
刺客でなければ何なのだとスリを知らないジュウベエは訝しげな視線を向けるが、向けられている方は自分の右腕が折れるか折れないかの瀬戸際なのである。
ジュウベエはそこまで力を篭めている気は無いが、考えてもみれば人の首を簡単に刎ね飛ばす事が出来る程の力持ちが丁度握り易い太さの物を握っているのであり、その力が一般的な"そこまで"とは掛け離れている事は想像に難くない。
「どうかしましたかッ!?」
子供の悲鳴を聞き付けたミーシャが直ぐさま店から飛び出してくる。
そしてジュウベエに掴み上げられている子供の姿を見るや否や血相を変えて駆け寄ってくる。
その鬼気迫る雰囲気を感じ取ったジュウべエはそのまま握り締めていた右手を緩め、子供は右腕の開放感と共に重力に誘われるまま臀部を地面に思い切り打ち付けた。
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