三 小さな覚悟

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「痛ぇ……」 「一体何をやったのムイ!」  地面に臀部を思い切り打ち付けた子供は打ち付けた場所を摩りながらその場に蹲っている。  そんな子供を咎めるような口調で『ムイ』とその子供の名と思われるものを言いながら襟首を掴んで猫の様に持ち上げた。 「ね、姉ちゃん……」 「まさかまたスリをしようとしたんじゃないでしょうね?」 「そ、そんな訳無いだろ!隣を通り抜けようとしたらいきなり襲われたんだぜ!」 「ジュウベエさんがそんな事をするはずがありません!」  哀れ、ムイと呼ばれたその子供の言っている事に間違いは無いのである。  確かに本人はスリをしようとして近付いたのではあるが、それを実行する前に阻止され"未遂"で終わっているのだ。  それに近くを通り掛かる事情も何も知らぬ野次馬達から見れば、ジュウベエ年端も行かぬ子供を泣かせている大人げない男にしか見えない。  それにも関わらずムイの弁明を即答で否定したミーシャ。  余程自分を助けてくれたジュウベエに先入観を持っているか、ムイが日頃悪事を働いているかなのであろう。 「その子供を知っているのか?」 「え?あぁ……ムイは私の"妹"なんです」 「姉ちゃん!何でこんな糞浪人野郎と仲良くしてるんだよ!アタシに任せればこんな奴バァーンと追い払ってやるぜ!」 「妹?」  なんとこのムイ、荒々しい口調や態度が目立つが正真正銘ミーシャの妹であった。  確かに丸くくりんとした目は可愛らしさを醸しだし、幼いからか起伏の少ない身体は微かに丸みを帯びている。  それにしてもこのムイ、白昼堂々自分の親族の店の前でスリをしようとするなど「ふてぇ奴だ」と思うかもしれないが、流通の少ない呉服店の普通の客など数えられる程度しかおらず、専ら来るのは冷やかしか盗人かはたまたミーシャの容姿に惹かれた頭の軽そうな男ばかりであったのだ。  そんな相手から財布を盗み取り、冷やかしは買う気が無かったのに金が無くなり、盗人は盗むつもりがいつの間にか盗まれ、ナンパ男はデートのお代を払えず撃沈する。  そんな姿を陰から見て笑ってやるのがムイの自分なりの姉の守り方であったのだ。  それを咎めるミーシャに胸を張るムイだが、そんな事は露知らずジュウベエ首を傾げている。 「どうかしましたか?」 「いや……妹とは何だ?」 「「え?」」  そんな素っ頓狂な質問と声が辺りに虚しく響いた。
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