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実はジュウベエ、常日頃からキドウマルに「儂の身体に剣先を触れさせでもすれば免許皆伝だ。外界へでて自分の力を試せ」と言われ続けていた。
相手は木刀で真剣を傷一つ付けずに受けきってしまう化物であり、この十八年一度もまともに攻撃を当てられない相手によく頑張ったと褒めてやりたいくらいである。
しかしこのジュウベエ、師の言い付けを守りテキパキと出立の準備をしている最中にも関わらず表情は喜び一色とは言い難い。
実はこの男、あと十年は免許皆伝には至らないであろうと高を括っていたのである。
しかし今しがた師に傷は無けれど一太刀浴びせ、心積もりも殆ど無いまま慣れ親しんだこの場所を離れなければならなくなってしまった。
「実は手を抜かれたのでは」とも思っていたジュウベエだったが、そんなことはなく今日のキドウマルは何時になく真剣であった。
ジュウベエの実力が自分の思う以上のものであるというのも、まるで雲のような存在であるキドウマルしか測る相手が居ないのなら間違えても仕方がないだろう。
「外界はどんなところなのであろうか?」
出立の準備が終わり、着のみ着のまま腰に自分の愛刀ヨシツナを差したジュウベエは独り呟き寺の外へと歩いていく。
(師は見送ってはくれぬだろう)
ジュウベエは自分との剣の稽古以外には何に対しても面倒臭がりな師の事を思い浮かべながら別れも告げずに歩いて行く。
先程も自分の免許皆伝にも関わらず特に反応を見せる事なく去ってしまった師であるが、「せめてもう一度顔を拝んでからでも遅くない」と思い直して後ろを振り向く。
「なんじゃい、別れの挨拶も無しかジュウベエ」
いつの間に立って居たのであろうか、そう笑顔で言う師キドウマルの姿に仏頂面のジュウベエは思わず破顔し、慌てて駆け寄っていく。
そしてその眼前にひざまづき、深く深く頭を下げた。
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